あるピアニストの呟き - カワサキタカヲ3動向 -

ピアノトリオ「TAKA3」の関連記事を中心に音楽雑記帳としております。

25年ぶりのバリ島で聴いた「スマラ・ラティ楽団」

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インドネシア・バリ島の旅。
急ぎ足でハードな日程だったけれど、25年前に旅した時と比較すると空港周辺の変貌ぶりは呆れるほどだった。
数年前に訪れたペナンも高層ビルの建設ラッシュで昔の風情は何処へ、という悲しい状況だったが、まあ似たような状況か。でも、バリ島には僕にとって最後の砦が在る。
ガムラン」です!!

ガムランはご存知の方も多いと思います。
バリヒンズーの儀式に用いられる音楽です。
その種類も様々ですが、25年前にホテル中庭で聴いて大変なショックを受けたジュゴク(平たく言えば各種木琴のみでポリリズムを奏でる合奏形式)とは異なり、今回聴かせていただいたのは、スマラ・ラティ楽団という村々で形成された楽団とは違ってインドネシア国立芸術大学卒業生を中心として形成された、トラッドなガムランとは一線を隔てるコンテンポラリー音楽(現代音楽)からのスタンスを採るガムランとなります。
僕は何の知見もなく、この楽団に接しましたので、このページも帰国後に調べて若干の肉付けをしております。
ライブ会場はウブドの講堂みたいなところで、ステージを中心とした空間は独特なパノラマを構成してスタート前から期待は高まっておりました。余談となりますがバリ島に旅行することがございましたらウブドに行くのが良いと思います。まだバリの良きところが残されているように思います。
スマラ・ラティに関しては旅行記事、音楽記事で書かれている方も少なからずおりますので、ここでそれを踏襲しても面白くないでしょう。
僕の目と耳で感じたところを何時もの脈絡なき流れをもって力筆してまいります。
この楽団は、大きく分けると3つのブロックから成立しています。

1、楽団向って左側

2、楽団向って右側

3、その2ユニットを橋渡しする、リズムで流れを創出する二人のパーカッション奏者

パーカッション奏者のリズムの取り方は、後日聴いたトラッドなガムランとは全く異なる、実に変態極まりないセンスです。合ってないような合っているような、、?ズレているようなズレていないような、、?それでいて急速に全体を次の方向に向わせる恐ろしくタイトな決め技を持っております。このパーカッションの上に、右側の鉄琴奏者はガムラン特有の何とも複雑なフレーズを高速で刻んで行きます。その鉄琴奏者の並ぶ真ん中にはテンポをとる(これがないと始まらないでしょうね)メトロノーム役がおりますが、一見退屈なこの役割はスマラ・ラティにおいては一層大切となります。何しろリズムの構成が大変複雑で、変化幅が大きく、正確なメトロノームがなければ、音楽は成立しないからです。
さて左側にも鉄琴奏者達が並んでおりますが、大きく異なる点があります。ひとつは中、低域を受け持つ奏者が配置されていること。また使用する鉄琴自体も違うものが使われ、それは鉄琴両側に柔らかな音を発する棒状の発信器?が立ててあることです。これをリズムの決めのところで表裏にユニゾンで鋭く入れて(叩いて)行くのですが、こういうガムランは聴いた事がない。立て笛奏者が1人から作品によって2、3人となるところも大きな違いです。
作品にもよりますが、ある部分リズムは完全に16ビートであり、またリズムの割り方とアプローチが変則的かつ大変複雑で音楽をよりカラフルなものにして聴き手を飽きさせません。大きく連符でとったり、その連符がそのまま拍子主体となるシンメトリカルな方法は、どうみてもフランク・ザッパにしか聴こえない。しかし、ガムランフランク・ザッパをやる!!と想像してみてください。どれだけ凄まじいインパクトがあるか、ということになります。今回演奏した1曲はアメリカの作曲家エヴァン・ジポリのものです。彼は自分の曲を彼らスマラ・ラティに捧げましたが、実際に彼らに教えるために2012年バリを訪れているようです。この作品が最もジャズフュージョンぽく、またザッパらしくもあるわけです。好感を持てるのは、それが付焼き刃なところがなく、数年かけて熟成され完全に彼の手の内に在るというところです。演奏している彼らの表情だけでそれは分かります。楽し気で大らかな気持ちよさが伝わって来ます。

さて、ガムランとは切り離すことの出来ない要素「踊り手」です。このガムランの踊り手というのは本当に魅力的ですよね。個人的に好きなシーンは女性の踊り手が首と腰を優雅に左右に振りながら静々と登場するところです。これはどういったガムランでも共通しており、こうしたところは確かに変えないでいただきたい部分です。
それにしてもこの楽団の創設者であるアノム・プトラさんの踊りは別格で楽しく、凄く、面白く、内容の濃さでは群を抜いておりましたが、僕がそのテクニックで腰を抜かしたのは、後半一人登場した女性の踊り手アユ・スリ・スクマワティさんの踊りです。この方の身体の動きは無論の事、両目の動きが何と、楽団のザッパ16ビートに完全にシンクロ(同期)しているではないですか!!!
人間ってこういうことが出来るものなのか、と本当に驚きましたし、その動作ひとつひとつが音楽と混然一体となることでひとつのイメージを創出している芸術性の高さに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
これまで様々な音楽、パフォーマンス、わけの分からないアートまで見たり聴いたりしてまいりましたが、今回のスマラ・ラティのライブパフォーマンスには心底まいりました。来日したら是非また聴きに行くつもりです。

余談〉バリ島の良いところは歩いているとどこからともなく木琴の音が聴こえることです。これは25年前の方が顕著でした。踊りを習っている女の子の姿も見かけたものですが、今回もホテル内での演奏や、レストランでのパフォーマンス等、上記スマラ・ラティ以外に聴く機会はありました。レストランで聴いた1時間30分程のパフォーマンスはもっとトラッドなもので、これはこれで気持ちよく小学生の踊り手さんがとても可愛らしくしかも十分な力量で素晴らしいと思いました。ただ残念なところも若干ありました。それは楽壇の後方に座っていた一人が演奏中スマホを見ていたことです。自分の演奏が長く休止していることはガムランの場合あります。しかし自分の演奏がなくても、気持ちとしては作品に入っていなければなりません。スマホを見るなど論外です。次にホテルのロビーでソロ演奏していた奏者のやる気のない演奏、リズムの悪さ、途中で投げ出し加減で練習スタンスで割切る態度。最低です!観光客が自分の演奏など聴いていない、ただ通り過ぎて行くだけ、、と思っているなら考え直した方が良い。しっかりと聴いている人は意外に多いし、バリの場合ガムランに接することが目的で滞在している方もおります。ホテル・中庭で演奏していた奏者は一人で三役かい?というくらいに凄かったのに、、この差には驚きました。ガムランは他に類似のない特殊なサウンドから盲目的に素晴らしい、という認識を持たれがちですが、聴き手は変なバイアスをかけないで素直に耳を傾けるべき、と。「何かパッとしないな、下手に感じちゃうな」などと思うのなら、それは駄目なガムランと言うことでOKだと思います。