あるピアニストの呟き - カワサキタカヲ3動向 -

ピアノトリオ「TAKA3」の関連記事を中心に音楽雑記帳としております。

M床屋はまだ健在

屋上から五葉山、愛染山、箱根山、という三山を見渡すと、もっと近い位置にM床屋が見えます。
幼稚園から小学校入学の頃は、Y床屋に行っていたのだけれど、洗髪するのが恐ろしく、よく泣いていたものです。
しかも、泣かないで終えることが出来るようになった頃にとって変った恐怖。
それは置いてあった漫画、少年マガジンだったかな?
そこに連載されていた梅図かずおの「半魚人」である!
自分の兄貴が実は半魚人であった、、という何ともショッキングな流れ。
僕はその漫画が置いてあるY床屋までもが一枚噛んでいるのではないかと、同一視していたわけです。子供ってそういう思い入れが極端なところがありますよね。極端過ぎてもはや天才レベルと。
Y床屋に行くと、どうしても「半魚人」の続編を読まなければいけません。
そうした強迫観念が自分を嘲笑うように圧迫しておりました。
どうしても読みたい。しかし読むとその後大変な気持ちになってしまう。その超微妙な天秤の巨大さは呆れる程でした。
そんなところへ、新しく商売を始めたのがM床屋です。
M床屋は、Y床屋からせいぜい50mm程度のところに挑戦するように建てられました。
渡りに船とばかりに、僕はこちらの新型?に乗り換えることにしてみました。
M床屋の最たる特長は、店主の女性です。少し厚化粧なところを抜かせばなかなかキレイな方で、しかも仕事が早いのが良かった。

よく母が「あの人は実際の出来上がりは知らないけれど、とにかく(仕事が)早くて自分でも自慢しているらしい」と言っていたのを憶えております。
当時僕は喘息がほぼ治癒しており「病気時間を取り返したい」というの気持が実に強かった。中でも(勉強と言いたいところですが)遊びです。
自転車に命をかけていた僕はとにかく自転車で走るのが日課でした。M床屋にも当然自転車で通っておりましたが、短くなった髪で夕暮れペダルを漕ぐと、襟足に晩夏の風が冷たく触れておりました。あの地域はお盆が終わるともう秋の気配が濃厚で、半袖は仕舞い込むタイミングです。

時折見つける大きな水たまり、そこの中心に自転車を止めてスタンドをかけます。
そして、ペダルを漕ぐと後ろタイヤが盛大に水を吹き上げます。床屋の帰り道、そんなことをしておりました。
M床屋は今も同じ風情で全く同じ場所で商売を続けております。覗いてみたいですが、あのキレイなお姉さんがもしも健在ですと、それはそれで嬉しいのですが、やはり自分の記憶を大切にしたいと思うのでした。