あるピアニストの呟き - カワサキタカヲ3動向 -

ピアノトリオ「TAKA3」の関連記事を中心に音楽雑記帳としております。

あるピアニストの呟き ー カ ワ サ キ タ カ ヲ 3 の 動 向

ドラムソロをどのようにパート化するか?

ドラマーさんに対して。
「白紙から適当に自由にどうぞ!!」というのは乱暴だろうし、そもそも僕はそういうやり方は好まない。ドラムソロがテクニックを聴かせる側面があることは認めるけれど、だからと言って、そのソロパートが作品とは乖離した内容であるなら不必要であったということになる。言い方を変えればこうも言える。

テクニックを聴かせたいのであれば、そのソロパートはより練られたモノであるべきだろうと。
つまり、最近の潮流であるドラムソロと対峙する他楽器達のアレンジの作り込みである。これが在って初めてドラムソロは生命を得るのだと思う。
しかし、これにはドラマーに大変な力量と、また他パートにもドラマーに引き込まれないだけのメカニカルなテクニックが不可欠となる。
腕っこきのドラマーほど、その吸引力は蟻地獄のように絶大なのである。

それでも、これまで対バンだった中で上手く行った例はないこともない。
ドラマーは、他楽器の奏でるラインとの距離をコントロールする。
つまり、よりその内容に沿ったリズムを中心に添えたソロを行う、そういう近い位置から遠いところまで離れてリズムは単にレゾリューションとして存在し、拍子を一切無視してインテンポでのみ合わせて行く。そしてその終止に向うにあたってはリハーサル時において緻密な作業というものが必要になるだろう。
遠いところまで行って、砂漠に行ってしまうと、それは全体の音楽と先行きに重大な結末を齎してしまう(笑)。

ソロパートはドラムだけでなく、他楽器にもあるが、しかしソロパートというのが何故に在るのか?頑迷に考える必要はないと思うけれど、微かな疑問という形で良いから心に刻んでおきたい。昨今のピアノトリオでは、一応ジャズシーンからリリースされたバンドであってもソロパートを採らない作品も演奏される。作品というものを深化させて行く段階でパートの必然性を考えるのは当然だけれど、特にこのテクニックを主眼に置いたパートの有無は作曲者が考えておかなければならないポイントのひとつかも知れません。