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あるピアニストの呟き - pianist TAKA -

ピアニスト・タカの音楽記録です。音楽以外の様々な話題も取り上げます。

音楽の造作を教えてくれる作品

アルバム紹介の別ブログで記事をアップしたのだけれど、ECMのギタリスト、ヤコブ・ブロ(ブローと音引を付ける方もおります。)のリーダー作。2015年のものですが、随分と気に入ってしまいました。

ECMのアルバムはそもそも無防備に好きなところがあるのです。

ECMを知ったのは18歳の時、寮生活の中でのキースジャレットがきっかけです。

今となっては随分ベタですが「ケルンコンサート」です。ベタではありますが、しかし即興と言えば今でもこれがベストと思います。

昨日の夕暮れ、1日に2回転、アルバムを聴くなどということは決してやらない自分としては珍しく愛用iPodに仕込んだギタートリオのサウンドを聴きながら、いつもの慣れ親しんだウォーキングコースをトボトボと歩いて行きます。

僕が住むのは板橋区成増の和光市スレスレのところで、この先50mmもないくらいで崖を下り、一気に標高が変化します。

川が流れており、そこに沿った歩道を高島平方面に向って行きますが、やがて公園に沿って右に進路を変えてしばらく行くと、今度は坂道となり丘に向うのが感じられます。

このように板橋のこの周辺は実に変化に富んだ土地で、ブラタモリは何故取材をしない?と何時も不思議に思うわけです。

流れる音楽はこの変化には何ら関係なく、朗々と浮遊感と何とも深い音の選び方を持って進んで行きます。

夕暮れの暗さは、もしかすると夜の更なる暗さよりイメージとしては色合いが濃いのかも知れない。そしてこの真冬の空気。

この理想的な環境は、この音楽に対して(とても天の邪鬼な)自分が驚く程素直に受け止めている理由の最たる要因かも知れない。

そして、自分の音楽の造り方に対する自問自答から、大きな疑問を生じる。

ピアノを弾いて作品を作る、という実にシンプルな作業に、何と余計な要素が入り込んでいたのだろうか?という前々からの疑問。

そこからDAWの使い方への思考が進み、DAWに正しい使い方なんてあるのか?

まあ、そりゃあるのかも知れないけれど(笑)

クリックはもちろん、小節(メジャー)を意識して作業アプリケーションに自分が合わせなければいけない、、という屈折した、せせこましいアプローチ。

自分の心の動き、感性を記録することに、数値的な束縛がそもそも在ることがおかしい。という、ような内容。

一枚のアルバムを聴いて、感動があったことは数えきれない。

しかし、音楽の造り方で影響を受けるというのは、小さなものとして何度か経験していると思うが、これほどハッキリした形としては珍しい。

それは、自分がこのヤコブ・ブロが行うように音楽をやってみたいと、素直に思ったからです。憧れとか、願い、みたいなものが在るかも知れない。

ベタベタに譜面でアプローチするのは辟易としていたわけですが、だからと言って即興に行くのも違う。即興は自分の中では得意分野ですが、しかし垂れ流しの即興ほどマンネリ化をまねくものもないので。その自由とルールの匙加減を教えられたということなのでしょう。

このアルバムは自分にとって、重みを持って行くでしょう。それは気持ちの良い柔らかな感触を伴うものだと信じております。