あるピアニストの呟き - pianist TAKA -

ピアニスト・タカの音楽記録です。音楽以外の様々な話題も取り上げます。

父の日にリポD!

父の日に、父親に何か贈ったことなど自慢じゃないが一度もない。

それがどうだ。

我が息子の素晴らしさ(笑)

貴重な小遣いから、リポDを2本「お疲れさま」と買って来ました。

日頃奮闘する父に感謝の気持ちを表すのが父の日だろうが、うちは逆。

受験の年で朝から晩まで間断なく勉強する息子こそが、ご苦労様なのである。

 

好きな音楽をやるのは良いけれど、何だか自分がだらしない気がして来る。

少しは見所のある父親になりたい。

バンドで人と徒党を組むのも良いだろう。

しかし、それだけで一端の音楽家と言えるのか?

独りでどれだけのことが出来るのか。

独りで出来る範囲を広げたらどうなのか。

利己主義と言われようとも、自分が上がって行かないことには結局誰からも疎まれだけでコレという結果につながって行かないだろうと思う。

 

2本の健康飲料を眺めながら、今迄にないタイプの気合いが入りました。

「雨の工場地帯」という作品

これはFBのノートに書いた記事の加筆・修正となります。

 

7月8日ライブで再び演奏します。この作品、実は「冬」なのですね。これは以前、写真家・藤田さん(バン ドの写真が素晴らしいです!)の四季折々の写真と僕の作品4曲とを一緒にしてCDとした「四季」の”冬”のことになります。しかし、この冬は実はもっと 遡って僕が30歳台後半で作曲した「雨の工場地帯」からテーマを持って来たものでした。ネタバレというわけですが、一応ライブ前にここで少し振っておこう かな?ということでして、、、。「雨の工場地帯」は、そろそろ雨から雪に変わって行くであろう11月時分、ピアノの稽古をサボり、釜石市中妻町にあるプラ モデル屋さんに向う、当時の風景を追ったものです。ピアノの稽古は釜石市の中心部に近い大町というところで、スポーツ用品店の倉庫に使っている3階の小部屋でS先生が教えておりました。S先生を"お師匠さん"として認めていなかった僕はレッスンをさぼったものです。何故に認めなかったのか?それは先生がお手本を聴かせてくれなかった(弾けなかったのだと思います。)からです。僕は(今でもそうですが)ピアノの稽古は先生の演奏を聴くのが最も手早く演奏を掴みとれるものだと信じております。S先生は僕が高校3年の時にご病気で亡くなられました。流石にその時はもう少し真面目にやるべきだったか!と後悔したものです。

さて、、細雨というのか霧雨というのか、傘を開くかどうか微妙なところ、その中バス代をケチり、トボトボと歩いて行きます。その途中に大きな橋があり、その下を大渡川がユルユルと流れております。橋の真中辺に近づくにつれて製鉄所の姿が立体的に見えて来ます。工場の姿を間近で見られる場所は意外に少ないのです。大体は高い塀で遮断されているので、市民が中を伺うことは出来ない。しかし、この橋付近は例外で、その巨大で圧倒的な構造物を眺めることが出来る。乱立 する大小様々な煙突から吐き出される白色、オレンジ色の煙、毒々しく緑色に光る作業所上部「安全」というイルミネーション。その遠くに夕暮れ暗く影を落とす山々の稜線がそのコントラストを完全なものに仕上げているようでした。数年後、上京して映画館で観た「ブレードランナー」の映像に出会った時、何と郷愁に誘われるのだろうと思いましたが、今になって色彩、空気感の共通点に気付かされます。当時、僕はその場所を通る時、何故なのか「この瞬間という時間の不思議」を感じておりましたが、未来を信じて疑わなかった青臭い自分が恥ずかしく眩しく思い出されます。さて、この作品をピアノトリオでやるわけですが、譜面の代わりにワープロ打ちしたガイドを用意し、(メンバーさんには)後は音源の音を聴いて判断していただく考えからスタートしました。今、メンバーさんから意見があがってきており、なかなかに手厳しいです。僕の音に対する考えはまだまだ甘いのでしょう。イメージ表現とカッコを付けるのならもっと様々な実験を繰り返さないといけないみたいです。失敗を恐れず、あの日、あの時の空気感を伝えたい。

例えそれが曲がったイメージとして伝わったとしても、聴き手さんにとって、面白い音楽、美しい音楽として共有出来たらと願うものです。そもそも歌のない「演奏音楽」はその伝わるイメージが聴く側によって大きく変容するところが醍醐味なわけですから。

もっと弾かないと駄目ですね。今日は時間があります。

深く、深く掘り下げたいと思います。

分煙にしたざます!

僕のピアノトリオは、嫌煙家と愛煙家が同居しております。

僕は若い頃はけっこうなスモーカーでしたが、一度胃をやって、こりなくて二度めには十二指腸をやって、とうとう煙が駄目になりました。

お酒もやはり弱くなったと思います。

かつてのタバコ好きが止めてしまうと、煙がキツくなると昔聞いたものです。

はい!!

その通りでして、僕は本当に煙が苦手。

歩いていて前の人間がプカ〜、、、とやろうものなら、オイっ!コラ!!という恐ろしい言葉が喉の辺り迄こみ上げて来るくらいです。

しかし、バンド内となると別。

何しろ、絶対に自分がご一緒したい上手なアーティストに限って愛煙家なのだなぁ。

ギタリストしかり、ドラマーしかり。やれやれ。

しかし、これを我慢するのはバンドのためにならない。

またタバコは吸わせないとか、タバコ好きとはバンドをやらないという演奏家も(誰とは言わないが)居るわけです。

それもまた、極端です。

伝えるべきなのです。

煙が苦手なので、自分の前では止めてくれますか?と。

日本人はやせ我慢をする。もしくは黙って自然消滅してしまう。

気が弱過ぎるよ〜(笑)

それでは完成する音楽も頓挫してしまう。

そういう僕も気の弱いことでは大変なものです。

しかし、何度でも言うけれど演奏上手に限って吸うわけだ。

コンチクショーと思いますね。世の中の上手く行かない具合が、たかがタバコにもよく出ている。

自分の健康、そして気持よく音楽をやりたい、、ということは両立するべきなのですね。ということで、うちのバンドは分煙。バンドの会合、酒の席では吸わない、ということに落ち着きました。

喫煙者の理解があって良かったと思います。

坂本龍一さんも言っておりましたが「物言えない社会ではいけない」

彼が言ったのは政治・社会的なことに置いてですが、タバコのことでは話題にもなっております。このままではオリンピックで恥をかきそうですが、、もっと煙を受け付けない、困っている、、という根源的な声を大切にしてほしいと思います。

きちんと話せば上手くいくことも増えてくると思います。

我慢を重ねるほど、変な方向に行ってしまいます。

バンド内で我慢が続く何かしらが在るのなら、そのバンドは音楽も上手く行かなくなるかも知れない。

音楽界は喫煙者が未だ多いです。ライブハウスもタバコOKなところが多いですね。

しかし、僕が昔から知っている箱は、出演者が「終日場内禁煙としたい」と事前に申し出れば、そのスタンスでやってくれます。

少しづつ変って来ているのでしょう。嗜好品はなかなか止められないですから。

僕だって、珈琲を止めて!と言われても困りますもの(笑)

タバコだって身体を壊したから吸えなくなっただけで、健康であったら止めなかったでしょう。吸っていたのは何たってハイライトとチェリーですから(呆)

コンピュータと作曲

〈本記事は自作アナライズからの加筆修正となります。〉

ピアノを弾く、耳がその音をとらえる、五線譜に書き留める。

このシンプルな動作が理想なのかも知れない。

 

武満徹さんの写真。

アップライトピアノと譜面を置く机が90度の角度でレイアウトされている。

特長的で説得力を感じる風情。

おそらくは、、、

ピアノに立てかけた譜面で、書き付けて行き、後々精査確認しつつ机で書き直ししていたのだろうか。

どれだけの試行錯誤を重ねたのか、おそらく想像を絶する時間と数だろう。僕など足下にも及ばないことだけは確か。

何しろそこに、この"大作曲家の流儀"みたいなものを感じずにはいられない。

 

何故にこんな前振か、というと武満さんならDAWをどのように捉えたのだろうか?とふと思ったからだ。

僕は、長きに渡りDAWを記録媒体として作曲して来た。

DAWは横に時間軸(小節数)、縦にトラック(つまりは楽器要素)が用意される。

このシーケンサーを原点(本当の原点というならクセナキスの考えた数理的な作曲法になるのかも知れない。)とした設計は特殊なソフトは別として、どのメーカーも同じ形式を採っている。

違うのは用意されているソフトシンセの内容とか、音質的なところ、音楽家によっては譜面機能に付いて設計の違いを感じとる場合もあるかも知れない。

実際、譜面ソフトは、それはそれで別に用意している音楽家も少なくない。昨年までやっていたユニットではドラマーと僕以外は皆何らかの譜面ソフトを使っていた記憶がある。フィナーレとか、シベリウスとか。

さて、実際作曲して行くにあたって殆どの音楽家は、クリックを設定し小節線に沿って弾いていくものだと思う。

僕も長くその通りにやって来た。それは単体のMC500からコンピュータに移行しNEC98シリーズ(ご存知でしょうか?)を使っていた頃から当然のように何を疑うこともなく、そのようにしてやって来た。

しかし、ここで客観的に自分を眺めてみると、白紙から作曲、旋律を紡いで行く時、果たしてそこにシーケンサーが介在していたのだろうか?

記憶の糸を手繰ると、長く演奏しているオリジナルの殆どは、ピアノだけで作曲したものだ。たとえDAWが立ち上がっていても、停止の状態。当然クリックもなければ、レコーディングの状態でもない。シンプルにただピアノを弾いて作曲している。

そして気に入ったところで、少し慌て加減でDAWを走らせ記録して行く。

この記録するというところで初めてDAWが登場する。

つまり本来的にテレコ代わりということになる。記録媒体

 

また、何度かリハーサルを行い、ライブを行うと意見が出て来る。

ソロに向うところがハッキリしないとか、そこをもう少しアレンジを施した方がいいと か、、何となく「このようになりました」というようないい加減なところを潰して行こうというのである。ただ「何となくこうなりました、、という音楽は駄 目!」と言い切るのも問題がある。音楽はそういう「何となく」というところに面白いセンスが隠れていたりするものなのだ。それはやっている音楽家よりも聴き手 の方が気付いて面白がったりするものである。

兼ねてから強く感じるところだが、音楽家よりも聴き手の方がずっと位は上なのである。

この時、最初に打込んだクリック無しのデータから梃子入れを行うことになるのだが、当然そのままの方が良いという部分が大半であり、メスを入れるところはタイミングが難しいところもある。

しかし、ここで遂にソフトの本領が発揮される。とてつもなく細かなところ、クリックを利用するところ、尺を突き詰めて範囲設定する時に利用する数値的なイベントリストと拍子設定等、あらゆるファンクションを駆使することになる。

昨日丸一日かけてその作業を行い、ようやく全体としてカタマリとして聴けるように修正したのだが、こう言う作業はやはりDAWでないと出来ない。

スタート時:クリックは使わない。小節数(小節の境目)無視

修正時:あらゆるファンクションを駆使して音楽内容の精査と梃入れに使う。

このスタート時と修正時のアプローチの違いは、相当なものだ。

コンピュータにもし心があるのなら、僕が別人のように映るだろう。

しかし、ツールの使用に正解などないのだ。

マニュアルに「本DAWはこのように使うべき」という一行は何処にも見当たらない。

そりゃそうだ。ツールは僕のような音楽家であっても、その僕となって働いてもらわないと困る。「少しはお金になる音楽でも書けば?」という"嫌み"が聞こえて来そうだけれど。

僕の使い方は実に限定的で"シーケンサーに偏っている"と思うが、譜面を書く日が再び訪れるまではコレで行くのだと思う。

時折庭先に来る雀やたまに昼寝をしている猫ちゃんを見ながら譜面を書くのが音楽らしいし、長閑でイイとは思うのだけれど。

そしてその時、僕の考える配置は「ピアノと机が90度で置かれる」というミーハーなものであるかも知れない。

武満さんは僕にとって未だ憧れなのである。

「雨の工場地帯」梃入れを行う朝

そういうことです。

7月8日ライブに向けて、ワープロでっちあげ3部作の中心に在るこの作品に朝から梃入れを行っておりました。

他2作品は終わって、メンバーの佐山さんと中島君に資料を渡しております。

メリハリを付けること。

インプロ、ソロに対するアプローチを明確にすることが主眼で、構成を変えたりテーマを改訂したりは一切していない。

そこが以前とは違うところであり、また難しいところである。

一見、何も変わっていないように聞こえる。

しかし、、実は深くメスを入れているのである。

この執刀医はテクがないので、変なところを切って(笑)しまったりするのが恐いが、そこはメンバーに助けていただくとしよう。

 

このバンド、夢はデカイので、こうして小事が大事とばかりに細かいところから妥協せずにやって行きたい。

そう言えば、僕の他ブログで自作アナライズというのがあったが、これもこちらに混ぜ込んでいく予定です。

ブログ、HPをどんどん整理しコンパクト化しております。

時間は有限ですから。

では会社に行かねばなりません。

また、お会いしましょう♬

KTGはクラリネットフロントのバンドです!

KTGは僕がFLAT122の後に続くユニットとして考えたことから生まれた、クラリネットを中心に置いたユニットとなります。

2009年12月、ベースのいない状態で僕とドラムの谷本さん、そしてクラリネットの筒井さんの三人で初台の某スタジオでセッションしてみました。

何をやったのかは、あまり記憶にないです。

2010年の2月頃にベースの中島君が加入して現在の形となっております。

メンバーは変ることなく、連綿と同じ雰囲気で推移しています。

筒井さんが渡仏されたので、活動を停止しておりますが、レコーディングは継続しており、ミニアルバムをそろそろリリースしようと思います。

もう出してもいいですね。

修正にはキリがないですから。僕が「はい!!そろそろ終わり。出しますよ」そう言えばOKというわけです。

最近、無責任に放りっぱなしだったことを反省し、少し梃入れを計りたいと思います。

何故か?

解散していない、長く続いているバンドは、蓄積された要素がそれなりに在るからです。聴いて下さる音楽ファン、あれだけ入れ込んで作曲、アレンジした音楽内容、それを捨てるのは、自分を否定することになるでしょう。

ただひとつだけ、気に入らないのはバンド名ですね(笑)

これ、アルファベット3文字は僕としてはあまり気に入らない付け方であり、3文字バンドはELPで十分だろう!と思うわけです。

実際の梃入れは、まず最終的なところでこのバンドが何をやっていたのか。それから捨ててしまったアレンジで拾い上げた方がいい部位があるので、それを精査することからでしょう。

溜息が出ますが、FLAT122が再生出来ないのであれば、その後釜のKTGを何とかするのがバンマスとしての任務でありましょう。

入れ込み過ぎるとまた、身体をこわしたり、精神的にキツくなるので、ゆっくりとしかし確実に行って行きたいと思います。

 

川崎タカヲ3はピアノトリオです! 〈04828ライブより〉

youtu.be

ダイジェスト版となります。50分程度のものを6分にまとめております。

このバンドは次回7月8日(土)四ッ谷Doppoで演奏します。ニュージャズ、現代音楽をモチーフにそれでいて、分かりやすく、ストレートに聴き手をイメージの世界に誘う音。是非、ご注目いただければ嬉しいです。

今年、秋、冬あたりでレコーディング出来たらと考えております。

よろしくお願い致します♬