あるピアニストの呟き - カワサキタカヲ3動向 -

ピアノトリオ「TAKA3」の関連記事を中心に音楽雑記帳としております。

あるピアニストの呟き ー カ ワ サ キ タ カ ヲ 3 の 動 向

久しぶりの夜リハから帰宅

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左写真は、シンセを再セッティングしているところです。こうして縦に置いて、背中を上にし一気に配線を済ませてしまう。でないと疲れ果てて何時までもセッティングしないということになる。こんな時、R-3で良かったなぁ、、と思います。小型、軽量で他のモデルを大きく引き離して標準鍵盤でありながら2.8kgしかない。片手でひょいっと持ち上げることが出来る。
さて、ようやく先ほど夜のリハーサルから帰ってまいりました。やはり夜に町に出てハードなリハを敢行するというのは年寄りにはキツイです。しかし、その内容の充実ぶりは、なかなかのものでした。
各作品の演奏力が格段に上がっており、また新しく投入した「真冬のTV塔」これは元々はクラリネットフロントのKTGのために書いた作品でしたが、これを白紙からやりなおし、コンパクトでリズムを強く押出すように7/8・13/8拍子をジグザクに使い、ベースソロとドラムソロを組み込んでおります。少しだけ全体をなぞってみましたが、次回リハーサルで仕込めば10/22ライブには間に合う感じです。
また、譜面を捨てワープロで譜面を書いた所謂ワープロ譜面の3作品は、初期段階で捨てなくても良かったアレンジを再度戻して、コードの精査を行い確認しつつ演奏してみましたが、それも良かったように思います。
今日は時間に余裕があったので、シンセのEF(エファクツ:エコーやディレイ、コーラス、ディストーションからコンプレッサー等の音響付加装置)を確認したところ、何やら寒いことになっていたので、レイヤーとなっている2音色に別々のEFかけて、より複雑なテイストを加味するということをやってみましたが、これが功を奏し3ピースのバンドのウィークポイントであるサウンドがワンパターンに陥りやすいところを救っていたと思います。音響をカラフルなものとし、イメージの底上げに貢献するところがシンセの美点です。もう少し、使用頻度を上げてもイイかな、、と思います。まだまだ、この先も、活躍していただきましょう。

書き直した!!

ここには本当はお小遣いサイトのことを書いた文を載せておりましたが、恥ずかしい内容でしたので削除して、もっと自分にとって大切なことを思い出したので、それを書きたいと思います。ただでさえ小さい男が、消え入りそうなほど小さくなるところでした。さて、、、。
昔、ビデオの制作会社の面接に行ったというお話。

随分若い時分です。30歳前、27歳前後と思います。それはビデオというモノがまだ憧れの対象だった時代です。今や不振に喘いでいる東芝の4ヘッドデッキ等が輝いていた良き時代です。ビデオデッキ一台持っていれば少し自慢出来たというような可愛い時代。僕もビデオ制作という、そのイメージにつられて面接に臨んだわけです。その時に面接をしてくれた社長さんに「ビデオ1台持っていないのにココに来たの?」と言われたものです。「意識低過ぎだし、、」ということでしょう。しかしその時、僕は珍しく食い下がってしまいました。勝手に切り出したのは、「僕、音楽ならけっこう出来ます!!BGMて必要なのでしょう?」と。すると、、「あっ、、そう。なら話は別だ。プロデューサーのYを紹介するから、話をしてみて。」そして社長さんと入れ替わりに、先々、映画制作のこと、そこに付けられるBGMのことで色々と教えてくれたYさんがやって来ました。これですね。おそらく今の僕が失っている部分です。所帯を持って、受験まっただ中の息子が居る。無意識のうちに、すっかり守りに入っていたのではないかと思います。
あの時に、どうしてそのような流れに持って行けたのかは分かりませんが、タイミングというのも在ったでしょう。しかし、最も大切な冒険心というか、ちょっとした勇気ですね。結果を気にしない。
バンドなんかをやっているとメンバーの反応を気にします。気にしないバンドリーダーも居られますが、それは希です。バンド存続のためにはリーダーはかなりの部分、自分を殺しています。結局バンドリーダーの殆どはリーダーなどやめて一人で音楽をやった方が結果を出せるのでは?と思うくらいです。もしくはリーダー同士でバンドを組むか(笑)バンドの中心に位置するアーティストというのは実は、そのくらいは出来るわけです。何故やらないか?恐いからですね。日本人に多い、組織となると強い。そこから個人として外に出ると何も出来ない。徒党を組まないと行動出来ない暴走族(死語?)や鉄オタみたいですね。(もちろん一匹オオカミもいらっしゃいます!、、笑)上記で述べたちょっとした思い付きを表明してみる、小さな勇気。
リーダーやって本当に立派にやっている盟友もおりますが、精神的な疲労が隠せない。顔面いっぱいにそれが出ておりますから。さあ、明日は我がピアノトリオのリハーサルです。風邪ひきが一匹おりますが、優しく労ろうと思います。しかし、音楽においては、このように書いた限りは気遣い無用、ストレートに行きたいと思います。

 

迷ったらピアノで、、。

シンセで作ったオルガン音色がイマイチ。本当はキースエマーソンみたいにハモンドをドカドカと揺らしながら弾き倒すのが良いのだろうけれど(ウソ)、右手でオルガン、右手伴奏のピアノでアレンジを続けて来たが、駄目!諦めました(笑)そういうことで下記の通りピアノで普通に弾くと。しかし、それもまた難しい。何故か?

〈真冬のTV塔・形になりつつあるピアノソロパート〉

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大盤振る舞いで少し大きく譜面をアップしましたが、それほど長くないソロなのでこれで1/3程の尺ですか。DAWにおいて大体10テイク目くらいです。まだまだ満足出来ませんが、流石に捨てられないフレーズが散見されてまいりました。
しかし何故にこれだけ苦労するのか?と言いますと、そもそもこの作品。KTGというクラリネットフロントのプログレユニットで演奏されて来たわけです。よってリズムのノリはどちらかというと揺れの少ないスクエア方向で、現在のジャズ方向(ジャズと言って連想される音楽とは相当に異なりますが。)とはリズムからフレーズのアーティキュレーションまで思いっきり違って来ます。ここは普通の4拍子で壮大に奏でるところですが、ピアノトリオでそれを踏襲すると、、、まず上手く行かない。どうしても後一人奏者が必要ということになります。よくカラオケ使ったり、USBにデータを仕込んでおいて足りていない一人分を賄うバンドさんを見かけますが、ハッキリ言ってそういう方法は、残念だと思います。自動演奏自体を否定にしているのではなくて、その安易な発想にガッカリする、、ということになりましょうか。ごめんなさいね。
さて、そういう自分はどうなのか、、と申しますと、その長く演奏してきた本作品の呪縛からなかなか抜け出せず、先ほどはふて腐れて珍しく昼寝してしまいました。
そして、起き抜け、一度オルガン+ピアノでやってみたましたが、やはり芳しくない。これは諦めました。何時までもしがみつくのは時間の無駄です。そんな時間が在るのならピアノソロにして、それを突き詰めた方が良い!という結論で、10テイク目と。当然、ピアノも試行錯誤が凄いですが、しかしシンセ等でごまかすのとは違って確実に上がって来ますね。やはり自分はピアノの人なのか?と感じるところです。このソロもそうですが、ライブで演奏予定の他5曲も当然ピアノが主力です。まだまだ突き詰め方が甘いし、それゆえ音に強さが感じられない。自信と確信の在る音なら例えピアニッシモであっても存在感が在ります。クラシックをさらった方が良いのかも知れません。五本の指をリセットしてキレイにするにはバッハでしょうね。平均率行くか!久しぶりに。

10月22日ライブ告知!

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カワサキタカヲ3の次回ライブ告知です!
吉祥寺シルバーエレファントは、これまで最も多い出場回数となります。プログレの聖地にニュージャズで道場破り?って形でしょうか。今回はアレンジを白紙から練り直している「真冬のTV塔」がポイントかと思います。

10月22日(日)
PROGRESSIVE LIVE 2017~
川崎タカヲ3
pf.川崎隆男(from. Flat122)
dr.佐山智英(from.烏頭(uzu))
b.中島洋隆

 

*ご一緒するバンドさん達

Melogress
key.Itaru
vo.F-Nakaji
dr.Goto
b.shiba

Quaser(from神戸)
vo.key.TAKUYA MORITA
dr.KAZUO KATAYAMA
b.HIROAKI FUJII
g.MASAMI KATSUURA

■OPEN 17:30 START 18:00
前¥2100 (+1drink¥500)
当日¥2400 (+1drink¥500)

チケットご予約開始 8月22日 15:00~

silver-elephant.com

CP-4のタッチ、選択したいピアノ音色

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今まで練習していた何時まで経っても完璧には弾けない我が珍曲「Neo Classic Dnace」そのイントロの一部。このイントロが意外に難敵なのだ。昔、何度も完成を諦めかけた旧い作品だが、自分にとっては未だ可愛い。出来ない子ほど可愛いというその言葉通りなのである。26歳の作品だが、どれだけの手直しを加えてここまで来たのだろうか。流石に最近は殆ど手を入れない。それよりむしろ、ピアノトリオでこれをどう弾くのか?という難問があり、練習と試行錯誤の果てしない作業となる。しかし、ここでその難行苦行を楽しくしてくれているのが我が新戦力CP-4なのである。このピアノの良いところは音もまあそこそこだが、タッチだと思います。少しだけ気になるところはあるものの素晴らしいと感じております。その少しだけ気になるところというのは、そのタッチが若干ですが浅い印象があることでしょうか。僕個人の感触かもしれませんが、もう少し深い感じ、ある意味もう少し弾き難い手応えがある方が好きです。ただ、弾いていて絶えずそれを意識させられるわけではないので、時間と共に馴れていくことでしょう。根っからいい加減なので「時が解決するであろう」というのは嫌いではない考え方です。でないと、この世は人間関係をはじめ、面倒なことが多過ぎますので。
写真は鍵盤をおとしてみたところ。指が入らないように撮るのは意外に面倒ですね(笑)生ピだったらもう少し深いイメージを持っていたのだけれど気のせいだろうか?でも引き心地は長年生ピを弾いて来た僕でも自然に感じる。そこはYAMAHAの技術力に頭が下がるところです。音色はCFが良いかな、、。CFXですと僕の音楽では、どこかの帯域で不思議に線が細くなるような気がします。CFをEQで追い込むと長く愛用したP-80の音になります。というかあれがCFをサンプリングしていた可能性がある。こういうところがYAMAHAのステージピアノにして良かった、、という副次的な理由となっております。細かいところではありますが。P-80と同じくらいは使いそうですね、、長い間待ち望んでいたモデルでしたので、珍しく満足しています。このピアノで新曲を生み出さないといけないですね。忙しい自分が残念なところではありますが。

"瓢箪から駒"パートって何?

瓢箪から駒、、思ってもみないことや、あり得ないことが起こること。
僕の作曲作業において、瓢箪から駒はもっと出現回数があっても良い現象だ。
例えば、昨日、コード表記を付けてようやくアレンジを終えた「真冬のTV塔」のブレイクが事例としてはピッタリこれに当て嵌まる。

ドラムソロのバッキングを行うピアノとベースを弾き込んで作り込んで行く。僕の場合、考え込むということは殆どない。大体、それで上手く行ったことなどない。悩むのは音楽作業以外の時間だ。電車の中とか、普通に歩いている時とか。
さて弾き込んで出来たバッキングパートは7/8拍子ですが、何を勘違いしたのか9拍分余計に飛び出してしまった。そして、その飛び出した部分にはベース・ドラム音源の追随がなくピアノだけが寒い感じで残ったと。

その先のブリッジは出来ていたので、ここが自然にピアノだけが演奏する空白地帯になって妙なブレイクになったわけです。
聴くと、これが実に僕の好みの奇天烈さで、迷わずここを9/8拍子のブレイクにした、ということになります。

しかし、こうして自分の世界では上手く行っても、これがバンドに持って行くとさっぱり、、、ということが何度もありましたから油断は禁物です。音楽をやっていると流石の脳天気な僕も安易に希望を持つことはなくなりました。あまりに否定的なのもどうかと思いますが、突き落とされるその落下速度を弱めるためにも(笑)過大な期待はしない方がイイと思うのです。少し醒めている感じ、、くらいが調度いいということでしょうか。こうした変なこと、おそらくはバンドにとって違和感のあることは、徹頭徹尾自分の行ったアレンジ通りに演奏することがポイントです。

変な気遣いや、弱気は絶対に結果に繋がらない。とにかく一生懸命説明を尽くして、メンバーが馴れるまで執念深く反復練習することが大切、、と経験から学んでおります。それにしても、この7拍子ドラムソロから9拍子のブレイクはそのフレーズからもテンション感が強いです。こういう偶然があるから作曲は止められないのですね。僕は世の偉い諸先生方とは違って全く論理的に考えられないので、とにかく弾いて作るという連続です。弾いて作るというか、弾いている自分をもう一人の自分が客として聴いているということで、毎日一人きりのコンサートを行っているようなイメージでしょうか。

そのもう一人の自分という聴き手は、とても頑迷で気難しい。拍手ひとつしない。しかし音楽において最も大切なこと、それは自分の耳で聴くこと。他人がどう感じようと関係ない。自分の耳がどのように捉えるのか?ということに尽きると思います。どのような耳をしているか?は音楽家も聴き手もその垣根はない。バンドにおいてもそうです。おっと、、もう脱線して来た。そろそろ練習に戻ります。これから40分練習したら仕事に向います。

ドラムソロをどのようにパート化するか?

ドラマーさんに対して。
「白紙から適当に自由にどうぞ!!」というのは乱暴だろうし、そもそも僕はそういうやり方は好まない。ドラムソロがテクニックを聴かせる側面があることは認めるけれど、だからと言って、そのソロパートが作品とは乖離した内容であるなら不必要であったということになる。言い方を変えればこうも言える。

テクニックを聴かせたいのであれば、そのソロパートはより練られたモノであるべきだろうと。
つまり、最近の潮流であるドラムソロと対峙する他楽器達のアレンジの作り込みである。これが在って初めてドラムソロは生命を得るのだと思う。
しかし、これにはドラマーに大変な力量と、また他パートにもドラマーに引き込まれないだけのメカニカルなテクニックが不可欠となる。
腕っこきのドラマーほど、その吸引力は蟻地獄のように絶大なのである。

それでも、これまで対バンだった中で上手く行った例はないこともない。
ドラマーは、他楽器の奏でるラインとの距離をコントロールする。
つまり、よりその内容に沿ったリズムを中心に添えたソロを行う、そういう近い位置から遠いところまで離れてリズムは単にレゾリューションとして存在し、拍子を一切無視してインテンポでのみ合わせて行く。そしてその終止に向うにあたってはリハーサル時において緻密な作業というものが必要になるだろう。
遠いところまで行って、砂漠に行ってしまうと、それは全体の音楽と先行きに重大な結末を齎してしまう(笑)。

ソロパートはドラムだけでなく、他楽器にもあるが、しかしソロパートというのが何故に在るのか?頑迷に考える必要はないと思うけれど、微かな疑問という形で良いから心に刻んでおきたい。昨今のピアノトリオでは、一応ジャズシーンからリリースされたバンドであってもソロパートを採らない作品も演奏される。作品というものを深化させて行く段階でパートの必然性を考えるのは当然だけれど、特にこのテクニックを主眼に置いたパートの有無は作曲者が考えておかなければならないポイントのひとつかも知れません。