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あるピアニストの呟き - pianist TAKA -

ピアニスト・タカの音楽記録です。音楽以外の様々な話題も取り上げます。

唯一反応してくれたギタリスト

昨年の6月、再生が頓挫してしまったFLAT122は新しいギタリストを探すということになり、僕は4ヶ月程かけて様々なギタリストさんに声をかけてみた。

声をかけるために、わざわざ4曲の音源を白紙から作成したくらいの意気込みだったが、散々な結果となり、結局今年からスタートしているピアノトリオへの流れを作ったということになる。

今は、これで良かったのだと思っているが、しかしギタリスト達に対する「この楽器が自分の中では終わってしまった」という感情は拭えず、心の隅にはいつも釈然としないような、疑問みたいなものが燻っていた。

 

ところが先ほど、そのアプローチした中のお一人から反応があった。

僕は、それだけで良かったと感じることが出来た。

時間をかけてやったことが少しでも報われればそれでOKなのだ。

もちろん、周囲のギタリストからの回答はほぼ得られているが、時間がない、腰が引けてしまった等、人それぞれの理由で残念な結果だった。

しかし誰もが知っているようなプロの方からの反応は全くなかったし、僕の周囲でもそこそこの活躍がみられる演奏家もまた同様であった。

 

反応を返してくれたのは、その誰もが知っている中のお一人だったのだけれど、結局プロであろうがなかろうが、回答してくれる人というのは、そういった仕事のスタンスには関係がないということだと思う。

それは人としての性分であり、もちろん職業も年齢も関係ない。

僕だったら、見知らぬ演奏家からアプローチされ、いただいた音源が違うなぁ、とおもったら「ごめん、一緒には出来ないけれど、聴かせていただきました」と一言お返しすると思います。

無反応、、それは個人的にはやりたくない行為です。

いろいろな理由、気持ちが根底にあるにせよ、一応自分の流儀みたいなものでしょうか。

 

川崎タカヲ3はピアノトリオです!

川崎タカヲトリオのことを書こうと思う。

このピアノトリオは今年から稼働した私としては初めてのピアノトリオとなる。

メンバーは烏頭の佐山智英さん(dr)と、中島洋隆さん(eb)のリズム隊+私のピアノとなる。今日の文章は少し堅目に「僕」ではなく「私」で行こうと思う。

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このトリオは最初から考えや計画があってスタートしたのではない。

ライブが先に決定しており、慌ててメンバーを探して、偶然当日空いていた上記お二人の担当楽器がドラムとベースなので、自然ピアノトリオとなったのだった。

そういうことなので、ここ10年くらいの中ではかなりイレギュラーな流れから始まったことになる。

当初は昨年一回だけライブを敢行した、新生FLAT1-22が受ける予定だったものが、フロントのクラリネットさんが多忙から出演が難しくなり、お店側が柔軟にメンバーはお任せするので、この日にライブをやって欲しいという有り難いお言葉に胸打たれ次から次へとメンバーをあたってみた。それはFLAT1-22を鑑みて当然ギタリストということになる。誰でも知っているプロから、周囲の中でこの人だろう!と思う方、昔、一緒にユニットをやっていた方等。

しかし、全て頓挫した。中には何度もお願いしたが、自分の音楽を追求したいので難しいという残念な場合もあったし、そもそも何の連絡もない無視というのも少なくなかった。そして考えた末、引張り出したのが、自分のピアノを中心にやるか、という長年避けて来た奥の手だった。

何故に避けて来たか?それは単純に自信がなかったからに他ならない。

自分のピアノ演奏でライブひとつを埋めることが出来るのだろうか?という不安。

しかし、挑戦しないで人生を終えてしまったらそれは大変なことだ。

このベース+ドラム、そしてピアノというあまりに伝統的な構成でありながら新機軸を打ち立て、プログレではない、ニュージャズとしての旗手となるのがこのバンドの指標となる。

なので、これまでの私の作品に重心にかかったものからメンバーの演奏キャラに寄りかかったものにポイントが移っている。

とは言え、過去の作品でも捨てられないものもある。たとえその曲調がジャズでなくても、この編成で押し通すのである。

ニュージャズというのは世界の潮流である。国内では風が吹かないが、ヨーロッパでは若手のピアノトリオが頑張っている。

旧来のジャズと違うところは、テーマ性が強いということ。サウンドにも捻りが利いていること。ジャズだからと言ってソロパートが在るとは限らないこと。

ジャズなので4ビートということではないこと等が特長としてあげられる。

それはそのまま私達のバンドにも当て嵌まる。

シンセの使用ひとつとっても、厚みを付けたり、飛び道具的に使うのではない。

イメージ表現の大きな要素として用いる。

時間を要してしまうのだが、よって音造りから入らなければならない。

リズム隊も自分のスタイルを大切にしつつ、作品を押し上げるアプローチを行う。

リハにおいてしつこく反復練習を行い、そのリズムの揺れを自然なものとし、浮遊感があり立体性が出て来ると良いだろう。揺れの自然とは、例え楽器同士のタイミングにズレを生じても、そのズレがズレと認識されず、音楽的に感じられるという意味を言う。

それは個人練習では難しい。

三人で何度も相談しながら、性急に完成を求めず、安易に満足することなく、音楽を深化させて行きたい。

既にギタリストの呪縛からは解放されたみたいだ。何時かうちのバンドで弾いてみたいという演奏家が現れたら、それはそれで楽しいことに違いない。

しかし、これはピアノトリオなのだ。ギタリストがゲストの枠を超えることはない。また、今後更に音を突き詰めれば、そこにバランスを取り直さなければならない他楽器が入ることは有り得ないと思う。

唯一ゲストで女性ヴォイスの存在は考えないではないが、それもまた先となるだろう。

今年が終わりを迎える頃、このバンドがどのような状態にあるのか?

私としては、実に興味深いところです♬

「快速・はまゆり」その"揺れ"にハマる

快速はまゆり4号01(釜石→陸中大橋~front window view) - YouTube

自分の作品である「Matsukura Snow」「真冬のTV塔」の世界がここに在る。

18:22辺りからよく見えている「箱根山」はこの動画では分かりにくいが、その頂上に三基のTV塔が釜石市民を見下ろしている。

子供時分、舞い降りる雪はこのTV塔が降らせているのだと夢心地に想像したものだ。

はまゆりは快速だから「松倉」駅は止まらない。一瞬で通り過ぎる。

この付近で生まれ育った僕だが、こうして改めて動画を見るとその最果て具合にしばし現実感を失う。

それにしても自分の音楽作品の要素が散見される動画ではある。

これが夕暮れから夜の動画だったら尚更だっただろう。

このまま眺めていると忘れていた事を思い出しそうだ。

曲には作用が必要だと思っているが、何の事はない。この何の脚色もない動画で十分な作用を及ぼす。

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自分の音楽が望まれるものであったらイイのに、、と思うが、それはまだまだ先。本人が考えるよりずっと難しいことに違いない。

現実をこうして直視するのが何よりインパクトがある。

この山々に囲まれた土地は小学校4年生までを過ごした。

その後、移り住んだ実家が在るのは、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた鵜住居地区となる。

何故か今でも、この松倉という風の強い寒い地域に愛着がある。

土地そのものより、自分の過去で大切な要素がそこに横たわっているからだと思う。

僕の音楽を聴く音楽ファンは、作品を通して、この辺りに旅をしているのかも知れない。もっと表現に適応したスキルを得たいと思うのはこんな時。

明日はピアノトリオのリハーサルです。

もう寝ないと。素敵な夢を見たいものです♬

 

自己ピアノトリオについて

4月28日、吉祥寺シルバーエレファントにてライブを控える「川崎タカヲ3」だが、今年2月から稼働を始めた正真正銘のピアノトリオである。

twitter.com

これまで様々なユニットをある意味実験的にやってきた自分ではあるけれど、このトリオが最もジャズにシフトしている。

もちろん、世の音楽ファンがイメージするジャズピアノトリオとは随分違っているだろう。しかし、僕はもしこのバンドのアルバムが「ジャズ」と表記された棚に入れられても問題ないと思う。

ただ他のジャズと比較すれば、決まったコードをベースとするソロパートが圧倒的に少ないし、またテーマ重視の姿勢はやはりどちらかと言えばプログレッシブだろう。

これまでの作品と異なるのは、そのテーマの点。

圧倒的にテーマを絞り込んでおり、現在用意出来ている新曲3作品では、1、2つのテーマしか持たせていない。

聴かせどころを全体のサウンドと、その少ないテーマの強さとしたのだ。

長くイメージ表現と言って来たが、その割には(聴き手からすれば)そのイメージが混沌として掴み難かったに違いない。

今は、その極力シンプルにしたテーマをモード中心としたソロとリズム隊の織り成す展開パートにより支えるようにしている。

それで作品規模は十分なものとなるし、全体像も統一のとれたハッキリとした色合いが創出されていると思う。

課題は、こういった作品に寄りかからない、演奏家の腕が必要な方法なので、よりリハーサルの回数とメンバーのキャラが必要となることだ。

音楽に対するヴィジョン、引き出しを造り上げる能力と工夫にポイントが来る。

僕は出来るだけメンバーチェンジというのは行わない考えでやって来た。それはこのバンドも変らない。

是非、このまま雲の上に出て、評価を得たいと思う。

その点、かつてお世話になっていたシルエレで初ライブを行うのは良いスタートをいただいたと感謝しています。

最初、ベースレストリオで再生させたクラリネットフロントである新生FLAT1-22での出演予定だったところ、クラリネットさんの都合とお考えで頓挫しかけたところ、お店側の僕の考えで良いからユニットを用意して!という有り難い提案で、紆余曲折を経てこのピアノトリオに辿り着いたのだ。

聴き手さんからすれば、なるほどな、、という想像内のメンバーだろうけれど、当初はFLAT122に拘りギタリストを探すなどしてこのゴールはなかなか遠かった。

今では、このメンバー構成が当然のように活動しているが、ほんの2ヶ月前は様々なギタリストさん達にアプローチしては跳ね返されるという(それぞれ理由は違うが)流石の自分も可哀想になる(笑)状況だったが、これもまた良い経験になったのかも知れない。ピアノトリオを一生やらないでしまう、としたらそれはやはり恐ろしいと言う気がする。自分が中心でやりたいのにピアノが中心ではないというバンドばかり。それでは歪みが大きくなる一方だ。

アノトリオに逡巡して来たのは単純に自信が持てなかったからだが、こうして自分のアプローチが否定されているうちに結論に至ったのは自然な事という気もする。

このピアノトリオには拘り尽くしたいと思う。

連休前夜の4/28は金曜日です。出番は最後20:50分頃なので、是非会社帰りにでもシルエレに寄って僕たちの音に触れて下さい。

ご注目のほど、よろしくお願いします♬

いちいち反応しないのも手

このところ改めようと思っている事のひとつ。

僕の場合、改めたいところは山積みなので、重要事項から行きたい。

まずはタイトルのこと、反応しないのも幽霊みたいで気味が悪いが、僕の場合、もう少し幽霊化した方が良いみたいだ。

反応は反応を返されるものなので、反応が多く、またそれが過剰なほど自分に跳ね返るベクトルも強大なものとなる。

人間てのは、だれでも自分を守りたいのである。

よって、的にする者を無意識に求めている。誰かを的にすれば自分が的にならない確立が少々減る。

人間は根源的に狡いのである。

男は黙って何とかビール、、ってなCMが昔あったが、これは実に深い(ホントか?)。

火だるまになって落ち込み、自己嫌悪になっているのは、自分が余計なことを喋ったからに違いない。

そんな暇があるならビールでも飲んで良い気分になろうよ!と言っているのである(笑)

修行僧ではないが、自問自答し某かの理解を得て無心で打込むのが「吉」と思う。

気遣いのつもりが余計なお世話と言われる。楽しませようと冗談のつもりが叱られる。

親切で動いたつもりが不審を抱かれてしまう。

世間というのは、そういうことのごった煮みたいなものだ。

もう少し、個としての自分を大切にしないと己を見失うに違いない。

余計なことを言わない、考えない、行わない。もっと自分の世界を深化させる努力に時間と持てる力を注ぐべきだと思うのです。出来る限りタイトに、研ぎ澄まされた人間になりたい。

しかしそれは、ただ念じたり、思いを強くしても駄目だ。生活の様々な要素から変えて行かないと難しい。

昔のように、音楽を聴くこと、音楽を行うこと、それ以外は喫茶店で本や新聞を読む、夜はラジオを聴いて寝るだけ。

そういうシンプルな生活は、やろうと思えば、何とか出来るのかも知れない。

全てに対して針を戻してしまうのも感心しない。しかし、この世の中雑音があまりに多過ぎる。

程度の違いはあるが、誰しもが情報過多に苛まれている。

これから、独りになる工夫をしていきたい。

それはたとえ自分の周りに人が多くざわついていても、自分の精神が独立したものとして在るという、つまり実際に孤独になるという意味ではない。

人との付き合い方を変えて行きたい、、ということなのだろうか。

出来る限り、飄々と軽快に生きて行きたいと願っているのでしょう。

アレグロの手前にアレグレットっていう音楽のテンポがありますが、それくらいの雰囲気です。

違和感強いコメント欄の偏り!!

何コレ?と思った方も実は少なくないと思います。

あの復興大臣が切れてしまった記事に対するコメント欄の偏り。

これは何か操作があるのだろうか?

このコメントのひどい偏りの記事は以前にも一度書きました。最近あまり見かけなかったのですが。

ああいった出来事に対する反応は、あれやこれやと意見が交差するのが自然であり、殆ど(僕が見た限りでは全てです)大臣に同情する内容コメントです。

見ていると気持ち悪くなって来たので止めました。

あのフリージャーナリストはむしろ記者として当然の態度です。

他の記者が圧力に屈して本来の記者では無くなっていたところに、たまたまあのような旧タイプが(珍しく)居たので「何この人?しつこい!」と感じた方もいらっしゃるのでしょう。

しかし、権力者達に食い下がる記者が必要なのは何処の国でも同じです。

そういう意味ではまだアメリカの方がマシかも知れない。

この記者を批判した方達は、それではトランプ大統領に「お前出て行け!」と言われた記者もまた同じように批判するということになります。

原発は国策としてやって来たのでしょう。国は最後まで責任を持って面倒をみないといけない。

また、現政府を作ったのは紛れもなく国民です。

国民もまた勉強し、唯一自分達が影響力を行使出来る選挙に対して慎重かつ積極的でなければならないと思います。

先頃、オランダの選挙ではあれだけ勢力を延ばして来た極右が敗れました。それは国民の判断です。

あれが日本だったら、どうだったでしょう。

主権在民、そして民はもっと好奇心旺盛あり、知るべきことを知り、そして平和を希求したいものです。

であれば、国民のつくる政府はもう少しマシなものになると思います。

中心にいるという感じがする

アノトリオを組んで2ヶ月経過である。このバンドは約1ヶ月後「4月28日・吉祥寺シルバーエレファントライブ」が決定したことから、急遽組んだものです。

あてにしていた出演メンバーがNGとなり、僕としてはどうしても出演したかったライブでしたので、代わりとなるメンバー構成を考えたということになります。

当初はFLAT1-22として出演したかったのでギタリストの数人にお声をかけましたが、あまり芳しい反応がなく、なかなかに大変な状況となりました。

結果として、たまたま当日空いていたドラム・佐山智英さんと、ベース・中島洋隆君をリズム隊としてピアノトリオということになったのでした。

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つまり、最初にピアノトリオをやりたかった!というよりは、結果としてこの様になったということです。

ところが、いざ音楽をスタートさせてみると、これが本当の「瓢箪から駒」で『何だ!これが自分が最もしっくりくるじゃないか(笑)』という好ましい流れとなりました。

人数を増やして、スケジュール調整からアレンジで時間を埋めてしまい、自分のピアノや音楽自体が後回しだったことに気が付いたこともあります。

ピアニストとして作品を考える。それは音使いからスタートするのではなくて、その前の段階から。コンセプト、ヴィジョンみたいなもの。音を出す前に、少し考えた方が良い。簡単に言えばそういうことになります。一見ちょっとしたこと、小さなことにも思えますが、案外大切なことかも知れません。偶然なのか、もしくは、自分からそういう予兆があったのか分かりませんが、ここ半年くらい随分音楽を聴くようになりました。

それもECM系をはじめとするニュージャズというものです。

このトリオには、これまでのようなテーマがゴチャゴチャと連なる書き方は行いません。2人を信頼して、ワープロに指示をまとめるだけです。どうしても、こういう旋律を弾いて欲しいのであれば、現場でピアノで弾いたり、歌ってみせたりして覚えてもらいます。その方が早いし、音楽の造られ方が有機質で、振幅の広いものになります。

今日のリハはシンセを持ち込みましたが、それもまた新機軸な音楽造りに馴染んだものでした。とくにシンセとピアノを同時に弾いて新しいサウンドを創出するのは僕にとって楽しいし、これまでにない響きを生んでいる実感があります。失敗を恐れず実験精神を持って突き進みたいです。

ピアニストである自分がバンドの中心に在る実感があります。意外にそれは初めてのことかも知れない。いつも人から祭り上げられながらも、何だか蚊帳の外にいるような気持ちだったのは、それは全て自分に理由があります。自分がらしくあるためにもう少しメンバー構成から、そしてどのような音楽を、どのようにして行うのかを精査しなければならなかった。こんな年寄りになって気付きましたが、でも気付かないであの世に行ってしまうよりは良かったのでしょう。

川崎タカヲ・トリオを是非、よろしくお願いします♬